エッセイ

MIKAKU -コロナ後遺症による味覚・臭覚障害-

7月末のある日、私は2度目の新型コロナ濃厚接触者になった。

 

4連休明けに、夫はコロナに感染したのである。

 

 

オリンピックとほぼ同時期に始まり、閉会した我が家の「コロナンピック」。

 

大会中はほぼ毎日、40度近い熱に苦しんでいた夫。

 

自己のもつレコードを更新する「39.9度」を、何度もたたき出すという快挙を成し遂げた。

 

「あいつはワシが育てた」などという、どこぞの中華料理屋の店主のような輩が続出しないことを切に願う。

 

夫の体は、貴君の作った天津飯やギョーザでできていないぞ。

 

 

感染から1週間で、彼はいままで培った「臭覚と味覚」を完全に失った。

 

試合後のインタビューでは……。

 

インタビュアー
インタビュアー
味覚と臭覚の喪失に関して、ひと言おねがいします

 

夫
コーヒーは、水

 

という「カレーは飲み物」に取って代わる、言葉を残した。

 

地球の自転が止まるほどの、金言だ。

 

 

おいしく食事をするためには、味覚と臭覚がとても重要な役割を担っているようだ。

 

味覚といえば大人になるまでずっと、不思議に思っていたことがある。

 

テレビ番組で食レポをしているアナウンサーが、食べ物が口に入るか入らないかのかなり早い段階で「おいしーい!」とのたまう。

 

アナウンサー
アナウンサー
では、いっただきま~ おいしい!

 

ピー子
ピー子
そんな一瞬で、味がわかるんかーい!

 

と、毎回テレビにツッコミをいれていた。

 

ピー子名物、「量産型ツッコミ」である。

 

 

1年ほど前、高級鉄板料理の「うかい亭」で夫と私の姉夫婦の4人で、食事をしていた時のこと。

 

コースの後半、目の前の鉄板で踊るように調理された「ユリ根と黒トリュフのリゾット」が提供された。

 

ピー子
ピー子
いっただきま~、なんこれ?うっま!

 

 

前言撤回である!

 

 

リゾットは、口に入る寸前の湯気の段階で、もはや美味だったのである。

 

実は味覚以上に臭覚が、大きな役割を担っていると言わざるを得ない。

 

「湯気を制する者は世界を制す」

 

「ユリ根と黒トリュフ入らずんば美味を得ず」

 

あまりのおいしさに、ゾーンに入っていた私は「いっただきま~、なんこれ?うっま!」と言った瞬間を夫に激写されていたのに気がつかなかった。

 

食後にその写真を見せられて「顔、長っ!」とおどろきに打ち震えた。

 

リゾットのあまりのおいしさにのけぞっているその顔は、無敗で中央競馬クラシック三冠を達成したあの「ディープインパクト」のそれより長かったのである。

 

もし夫が結婚前に、この写真を彼の両親にみせながら以下のような話をしようものなら……。

 

夫
オレ、この子と結婚しようと思ってるんだ

 

夫の父
夫の父
どこの馬の骨だかわからないやつに、お前はやれん

 

と言われたに違いない。

 

 

しかし、お義父さんひとついいかね?

 

馬の骨ではない。

 

馬のツラだ!

 

発症から回復までの16日間、夫は長く暗い闘病生活に光を見いだそうと漫画『NARUTO -ナルト-』を全72巻、読み終えた。

 

あらすじは、おちこぼれ忍者のうずまきナルトが里1番の忍者である火影を目指し、仲間達と試練を乗り越えて成長する感動の物語だ。

 

私はつらそうに寝ている夫に、人気キャラである自来也の名台詞をドヤ顔で言い放った。

 

ピー子
ピー子
忍者とは、忍び堪える者のことなんだよ

 

夫
オレ、忍者じゃねーし

 

 

感染してから発熱や味覚・臭覚障害であまり食べ物を口にしていなかった夫。

 

もともと、スラリとしているが更に痩せてアバラもガッリガリのゴッソゴソになっていた。

 

隔離された部屋のふとんで横たわる姿は『NARUTO -ナルト-』の長門(ながと)のようだった。

 

長門

『NARUTO -ナルト-』長門(ながと)

写真提供:強面カンパニー

 

 

夫よ!いや、長門(夫)よ!

 

貴方は充分に忍び堪えている。

 

立派な忍者やで!!

 

~あとがき~

お読みいただき、ありがとうございました。

エッセイのネタ提供のために、ガッリガリのゴッソゴソになってくれた夫(長門)に感謝いたします。

そして何より、長門のイラストの掲載に尽力してくださった強面のオニタマ(姉の旦那さま)。

世間では、強面だの顔面凶器だのと恐れられているオニタマですが、いつも優しくてギャップ萌えです。

イラスト制作のために、大好きな晩酌の時間を削って取り組んでくださいました。

このエッセイの発表にこぎつけたのも、ひとえにオニタマをはじめ、皆様方のご支援があったからこそです。

心より御礼申し上げます。

二〇二一年八月

森 陽衣(モリ ピーコ)