エッセイ

実録、私をストーキングした男

1階が半地下になっているせいか、部屋にはいつも尋常じゃない湿気を感じていた。

短大を卒業してから1度目の結婚をするまでの間、そんなマンションで一人暮らしをしていた。

 

ここが砂漠なら、確実にオアシスだ。

 

ラクダよ!

旅人よ!

集うがいい!

我が家へ!

 

あまりの湿気に堪えかねて、管理会社に連絡した。

「水とりぞうさん」という除湿剤を4つもってきて、それを使えという。

 

今考えると非常に雑な対応だが、20歳そこそこの私は部屋の四隅に置いてみた。

1週間後、4頭の「水とりぞうさん」に溢れんばかりの透明な液体がたまっていた。

 

「おやじ、がんもと大根、あと酒ね」

「あいよっ」

 

マスの中に入ったグラスに、おやじが一升瓶から注いだ酒がこぼれる。

 

「おっとっと、おやじサービスいいねぇ」

「うちはこれが売りだからねぇ」

 

居酒屋の盛りこぼしかっ!

 

呑兵衛よ!

集うがいい!

我が家へ!

そして、呑んでくれ!

心ゆくまで!

 

さすがに不信感が募り、4頭の「呑んだくれぞうさん」を管理会社に突きつけ、運良く2階の部屋へ引っ越すことができた。

 

それから数年後、友達の紹介で須藤かあ太郎(ストウカアタロウ)という男性と付き合いはじめた。

彼は2年留年をしていて、大学6年生だった。

ギャンブル(主にスロット)に通いつめて、単位を落としたらしい。

 

私が仕事に行っている間、彼はほぼ毎日のように私のマンションでプレステをしていた。

彼の家に遊びに行ったとき、バイトもせずにうちに入り浸っている理由が判明した。

 

案内されたマンションの入り口には「レジデンス須藤」の文字が。

周辺にある2~3棟はすべて、その界隈では有名な須藤工業の社長である彼の父親のものだった。

彼は「大学6年生」と「社長の息子」という、二足のわらじを履いていたのだ。

 

ある日、帰宅するとテーブルの上に写真が置いてあった。

かあ太郎の前に付き合っていた彼氏と、私が笑顔で写っていた。

別れたら、思いでの品はすべて処分する私。

「一体、どこをどう探したのか?」という疑問と恐怖で、絶句した。

長時間の事情聴取の後、ビリビリに破いて捨てられた。

 

「かあ太郎!お主なにか忘れてはいやしないか?」

「カツ丼わい!」

 

また、別のある日。

かあ太郎:「ちょっと携帯かして」

ピー子:「えっ?私の?」

かあ太郎:「タケシって誰?」

ピー子:「友達」

ピッピッ(消去)

かあ太郎:「ダンカンとらっきょは?」

ピー子:「友達の彼氏と、会社の同僚」

ピッピッ(消去)

 

私の携帯の電話帳にあった320件ほどの番号を、1件ずつ確認しながらひたすら消去。

結局、男という男をすべて消去され電話帳は大奥と化した。

義太夫は、父親やっちゅうの!

 

その時、子供の頃に聞いた母の名言を思い出した。

 

「ピー子ちゃん、1番こわいのは人間よ……

 

ヒィィィィィー!

 

「拝啓、母上様。これが世に言う束縛ですか?」

 

「母の名言」の記事はこちら

恐怖
母の名言「1番こわいのは人間よ」を体験する。「お母さん、怖いからトイレついてきて」 幼い頃、私は極度の怖がりだった。夜中に1人でトイレに行くぐらいなら、もらした方がましだ。 ...

 

エスカレートした奇行一覧

 

  • 電話にでないと、着信履歴がかあ太郎で埋め尽くされる
  • 飲み会で遅くに帰宅すると、マンションの前で仁王立ち
  • 嫌なことがあると、拳が血だらけになるまで壁をなぐる自傷行為

 

「拝啓、母上様。これが世に言う恐怖心ですか?」

 

彼は留年の原因になったスロットに、私をよく連れて行った。

回転しているリールを狙ったところで止めることを「目押し」というが、彼はさらに高度な1コマもズレることなく図柄を止める「ビタ押し」をきびしく私に指導した。

さらに、なぜだか当時カッコイイとされていた、ドル箱にメダルをパンパンに詰める「カチ盛り」を私にスパルタで教えこんだ。

 

「拝啓、母上様。これが世に言う調教ですか?」

 

恐怖のあまり、こっそりと部屋のカギを変え着々と別れる準備を進めていたある夜。

玄関で大きな物音がした。

見に行くとドアスコープが粉々になっていた。

犯人はわかっていた。

物音がしてすぐベランダから外をみると、タクシーに乗り込むかあ太郎がみえたからだ。

警察を呼んで、調べてもらったが指紋は出ず。

 

警察:「アイスピックのような、先が細くて鋭利なもので一突きにされています」

警察:「まるでプロの犯行だ!」

 

その夜から数日、めずらしくかあ太郎と連絡がとれなかった。

やっと繋がった電話でふるえながら別れを切り出した。

ピー子:「もう、別れよう。」

かあ太郎:「ごめん。なんで?悪いところあるなら治すから」

泣きながら懇願する、彼。

ピー子:「もう好きじゃない」

かあ太郎:「なんだよ、こっちが下手にでてりゃ。ふざけるな」

かあ太郎:「お前、夜道、気をつけろよな」

かあ太郎:「もう……生きていく気力がなくなりました……」

ツーツーツーツー……。

 

友達の家を泊まり歩き、毎日かかってくる電話をムシし続けて、なんとか別れることができた。

 

「拝啓、母上様。これが世に言うストーカーですか?」

 

それから10年が経過し、そんな恐怖体験もすっかり忘れていた。

 

親友が店長をつとめる、アパレルショップの手伝いをすることになった。

同じビル内のショップ店員さんが共有する休憩所で、ランチを食べていた時のこと。

 

ふと視線を感じ顔をあげると、かあ太郎が向かいのイスに座り雑談をしながらこっちをみていた。

 

かあ太郎:「ピー子、久しぶり。元気にしてた?」

ピー子:「う……うん。久しぶり」

かあ太郎:「ねぇ、なんであの時、急に別れてって言ったの?」

 

ヒィィィィィー!

 

「拝啓、母上様。これが世にいう1番怖い人間ですね」