長い廊下をぬけ、和室のふすまを開けると部屋の中心にベッドがあった。
まもなくお訪れるであろう夜の底に、心が踊った。
年に数回、夫と一緒に私の実家に帰る。
実家の敷地内には、父と母が住むいわゆる実家と、姉夫婦が住む家と2軒ある。
帰省したときの定宿は、姉夫婦の家だ。
玄関をはいって左に位置する和室に、ふとんを敷いておいてくれる。
「 ウフフ 」である。
荷物を運びこむべく、ふすまを開ける私。
目に飛び込んできたのは、ふとんではなく「巨大なベッド」であった。
それを見たときの心情を、このエッセイの冒頭に綴った。
おっと、お気づきの方もいるだろう。
冒頭のそれは、川端康成『雪国』をオマージュしたものだ。
私はふだん読書をしていると、「このフレーズ使ってみたい」と感じることが多々ある。
そんな時は忘れないように、iPhoneのメモに「フレーズ集」という、なんのひねりもないタイトルをつけ記録している。
もし、うっかり落としたiphoneが世界的に有名なハッカー集団の手に渡った場合、ロックが簡単に解除され「フレーズ集」が使われてしまうことになる。
しかしハッカー集団から、川端康成 『雪国』の死守に成功し、オマージュをやりとげた私は悦に入っていた。
オマージュは本来、もっと「神聖」なものであるべきだ。
自分のことを、いかがわしい考えの持ち主だと言わざるを得ない。
誰しも1度は使ってみたい!!
小説の秀逸な書き出し三選
1. 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
夜の底が白くなった。
引用:川端康成 『雪国』
※前述のとおり、使用完了。
2.吾輩は猫である。名前はまだ無い。
引用:夏目漱石 『吾輩は猫である』
※上記を使うのは、困難である。
なぜなら、吾輩は猫ではない。
そして、名前はもうある。
「ピー子」だ。
このような理由から『吾輩は猫である』は、ハッカー集団にゆずることにする。
3.春が二階から落ちてきた。
引用:伊坂幸太郎 『重力ピエロ』
※これを使おうとすると、誰かに二階から落ちるもしくは、飛んでもらう必要がある。
そんな依頼、誰が快諾してくれようか。
このような理由から『重力ピエロ』も、ハッカー集団にゆずることにする。
和室への荷物搬入を終え、リビングでお茶をのみながら姉にベッドのことをたずねる。
4泊5日で、たっぷりベッドを堪能した。
そして自宅に戻ってから、夫と家族会議を開いた。
議題は「ベッド」
年に2~3度訪れるだけの私達の快眠のために、わざわざベッドを購入してくれた。
物理的にベッドの寝心地も最高だが、なによりその気持ちがうれしい。
感謝は募る一方である。
この思いを形にするため、姉の大好きな某有名店のラスクを贈ることにした。
ネットショップで注文をしていると、のしを付けられる事が判明。
もちろん「御礼」だ。
その下に、御礼の名目もいれて完了。
それから2日後、めずらしく姉から電話がかかってきた。
ラスクの御礼をLINEではなく、直接伝えたいというのだ。
姉から「これは、なんの御礼?」と聞かれるのと同時に写真が届いた。
のしに「ベッドマジ感謝」とベッドのお礼をいれたはずだ!と思いながら、写真をみた瞬間……。
ああん?
「ヘッドマジ感謝」と記されていた。
姉がいうには、ベッドをヘッドと間違えただけなのか?
それとも、顔面凶器と名高いお義兄さんにお小遣いをもらったので、「お義兄さん=ヘッド」となり、お小遣いに感謝しているのか?
さっぱりわからない、とのこと。
やはり、ちょっとした「言いまつがい」「タイプミス」が大変なすれ違いをひき起こす。
「チーム・ベッド」と「チーム・ヘッド」が一色触発である。
ラスク屋さん 御中
迷える子羊のピー子と申します。
折り入ってお願いがございます。
ご無理を承知で申し上げますが、次回ラスク注文時は「ヘッドマジ感謝」で間違いないですか?「ベッドマジ感謝」では?という確認の連絡をいただければ幸いです。
ピー子
参考文献:山口拓朗『チャット&メールの「ムダミス」がなくなるストレスフリー文章術』